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横浜地方裁判所横須賀支部 昭和43年(わ)133号 判決

被告人 田村勇

昭八・一一・二九生 工員(元陸上自衛官)

主文

被告人を禁錮一年六月に処する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(事実)

一、被告人の経歴

被告人は高松市に生まれ、昭和三一年三月香川大学経済学部を卒業後、郷里の中学校で英語の講師をしていたが、昭和三一年秋、自衛隊幹部候補生試験に合格、同三二年三月久留米陸上自衛隊幹部候補生学校に入学し、同三三年三月同校を卒業して三等陸尉に任官し、同三八年四月一等陸尉となり、同四一年一月少年工科学校勤務を命ぜられて以後、同校教官として同校生徒の訓育及び実技教育に従事し来たつたものであるが、本件当時は、同校生徒隊(第一二期)第六教育隊第三区隊長の任にあつた。

二、少年工科学校と被告人の業務

(一)  同校は、自衛隊法、同法施行令に基づき陸上自衛隊内に設置され、神奈川県横須賀市林一五〇〇番地武山駐屯地内南部に所在するが、火器、通信、レーダー、建設機械等の操縦、整備にあたる技術陸曹の養成のため中学卒業者を採用し、教育期間は四年間にして前期二年六月(第一乃至第三学年に分かれる)、中期一年四月、後期二月に分かれ、前後期は同校にて教育するが、中期は技術専門の各種学校において或いは部隊等において実務修習等の各教育にあてられる。

組織は同校内部組織規則によつて定められ校長、副校長の下に総務部、教育部並びに生徒隊が置かれているが、生徒隊は六教育隊に分かれ、そのうち第一、第二教育隊は一年生、第三、第四教育隊は二年生、第五、第六教育隊には三年生が各配置され、さらに各教育隊は六区隊に編成され、一区隊には区隊長一名、助教一名と生徒四〇名ないし四五名が配置されている。

(二)  同校の訓練計画の成立過程

同校の教育課目は、陸上自衛隊の教育訓練実施に関する達(昭和四〇年三月一八日陸上幕僚長訓令)に基づき、「精神教育、服務、戦闘及び戦技訓練、一般基礎学、専門基礎学、体育、特別教育活動、その他」と概括的に定められ、その内、「戦闘及び戦技訓練」については、「陸士として必要な基礎的事項及び分隊長としての指揮の概要を習得させる」ことを教育目標とし、以上に基づき同校々長が教育課目表(昭和四一年四月一日)を定めて、より具体化しているのであるが、右課目表によると同校訓練課程の目標は、「陸士として必要な基礎的事項を修練させると共に陸曹としての資質を養い初級陸曹として必要な一般教養及び専門技能についての基礎的な知識並びに技能を修練させる」ことにあるとされ、さらに右課目表によれば、戦闘訓練は各個戦闘訓練と小銃班戦闘訓練とに分かれ、前記第三年度には、小銃班戦闘訓練のみが実施され、その内訳は攻撃総合訓練が四時間、防禦訓練(防禦陣地の占領及び防禦戦闘)が四時間と定められている。右課目表を更に具体化するため、各区隊において立案する教授計画が定められ、校長の決裁の下に各訓練の教授要領が示されている。

以上の如く定められる訓練方針を実施するため、校長により「業務計画」が定められ、これに基づいて生徒隊長立案、校長の承認のもとに「教育訓練予定表」が定められ、その範囲内でさらに「訓練進度、週間予定表」が各訓練の具体的実行細目として各教育隊長により立案され、それが訓練主任の承認の下に実施されていた。

(三)  昭和四三年七月二日本件当日の第六教育隊第三、四区隊の訓練計画の状況

右「教育訓練予定表」によると、本件当日は昭和四三年度第三学年第一四週に該当し、第六教育隊は「防禦戦闘(2)」のスケジユールであつたが、さらに「第三学年訓練進度及び予定表」によると当日の訓練内容は「カービン(火器)攻撃」とされ、「週間予定表」によると第六教育隊第三、四区隊は、当日五時間目と六時間目即ち午後一時から三時までが「戦技」と定められており、右訓練実施に関する「教授要領」によれば「昼間における突撃射撃と一挙突入」と各定められていたものである。

(四)  区隊長の職務と訓練を変更する場合の区隊長の権限

区隊長の職務は、同学校内部組織規則第二六条により「教育隊長の命を受け生徒の身上に関すること、生徒の訓練及び実技教育の実施に関すること」と定められており被告人はこの任にあつたところ区隊長は右訓練実施に関しては、いわゆる教授計画(レツスンプラン、略称L・P)に従うべくみだりにこれを変更する権限は与えられていないもので、只L・P実施に付随して補助的に実施する訓練(副課目と称せられる)に関しては時と条件により区隊長の裁量に任せられることもあり、又単なる訓練場所、方法等当該訓練の基本目標達成の手段的事項に関する変更も各区隊長に任される場合もあつた。しかし本件の如く昼間の訓練を夜間行動の訓練に変更する等はその裁量の範囲にはなく、まして渡河訓練については同校の教育計画自体に存在してはいなかつたものである。

三、渡河訓練と「やすらぎの池」

(一)  渡河訓練の性格と位置づけ

いわゆる渡河訓練とは、川ないし池を渡つて進む訓練にして通常イカダ、舟等を利用して行うものであるが、少年工科学校の訓練の中では正規に認められておらず、同校ではその性格上戦闘戦技訓練としても基礎的訓練のみを施すことになつており、まして武装執銃による特殊な渡河訓練は普通科(歩兵)においても実施されてはいない。ただ例外として体力、精神力その他特に選ばれた隊員で構成されるレインジヤー部隊が実施しているのであるが、そこにおいてもイカダを組むとか浮のうに発動機をつけるとか船を並べて橋を作るとかの方法を用いる等安全確保の手段を十分に施した上でなされていた。従つて少年工科学校において仮にこれを実施するとしても陸上幕僚長の承認を要することは勿論、その上でさらに部内で慎重に協議の上、事故防止に万全の措置を施した上で実施さるべき性質のものである。

(二)  「やすらぎの池」

同池は武山駐屯地内南部に所在する同学校地区東南隅の小公園化された緑地帯の一部の北側に所在する。同池は昭和三八年頃航空自衛隊武山基地内に、ナイキアジヤツクスが配備された折、同駐屯地ナイキ部隊がナイキ発射基地防護のための土手を築造した際、土を堀つた跡に湧水と雨水が混つて生じたものであるが、本件の一年位前から周囲の環境が整備され通称「やすらぎの池」と呼称されるに至つた。同池は岸の長さは北岸約七五メートル、南岸約八〇メートル、西岸約三〇メートル、東岸約四〇メートル、面積約三、〇〇〇平方メートルのほゞ梯形状の人工池にしてその全周囲は約二一六・一一〇メートルであり、本件当時同池の最深部は約四・三メートルであつた。同池は従来、少年工科学校の訓練に使用することはないまま放置されていたところ、被告人は昭和四一年夏、第三教育隊第一区隊の一〇期生生徒約四〇名に対し、強い精神力を養おうと考え、ロープをはらず戦闘戦技訓練の終了後、災害処置のための訓練として課外に同池を渡らせたことがあつた。

その際は本件の如く執銃しなかつたが、作業服、ヘルメツト、半長靴、弾帯姿のまま渡らせたため生徒の中にその重さと足が引きつる等のため溺れるものが生じたが幸いロープで助けたため溺死事故には至らなかつたところ、被告人はこれを上司に何ら報告する等の処置をとつてはいなかつた。

四、本件当日の訓練状況

昭和四三年七月二日当日の戦闘訓練は前記の如く第三区隊と第四区隊が同一時限に同一訓練を実施することとなり、先任区隊長である被告人が指揮官、第四区隊長高林二尉が補助教官をつとめ、陸曹四名を助教とし、生徒合計七十七名(見学者一名を除く)に対し行われた。当日は雨天であり生徒の装具はM1ライフル銃、弾帯(弾なし)、ライナー(ヘルメツト)、作業服上下、半長靴でその全重量は約九・六六キログラムであつた。同日午後一時、同校第六教育隊舎舎後に集合、まず指揮官である被告人より戦闘訓練をなすについての基本訓練実施要領を、「今日の攻撃訓練は八月初旬に行われる予定の東富士演習場の野営訓練に直接役立つ訓練をする。特に夜間の行動についての訓練をする。」と説明し、ついでほふく前進、敢為前進、静粛前進、対照的動作、新小銃装備に伴う新しい発進停止の要領について各説明したものであるが、以上の訓練内容のうち夜間を想定しての訓練を実施することは教授要領にはなかつたもので、新小銃装備に伴う新しい発進停止の要領以外は全て夜間を想定しての訓練であつた。その後、訓練内容を四つに分け四人の助教に夫々割当てて生徒に訓練方法を教示させた後、生徒を四つのグループに分けて各訓練を順次回転式に終了した。当初、被告人は一人の教官の担当を三〇分と予定していたものであるが、空いた時間を池を渡る訓練に使うべくこれを一五分に短縮したため、同日午後二時一〇分ころ基本動作訓練が終了し、被告人において右各訓練につき、それぞれ講評した後、被告人自ら直接指示して総合訓練に移り、四列縦隊で駆け足で同広場から約一二六メートル東進して最後に「やすらぎの池」の前で敢為前進させ、同池北岸に到着した。

五、罪となるべき事実

被告人は以前一〇期生に対し同池を渡らせ生徒達の士気が昂揚したことに鑑み、予てより第一二期生に対しても同池を渡らせる訓練をしようと考えていたので同日の前記基礎訓練は右生徒にとつては最後の仕上げの訓練でもあり又、七月下旬には東富士演習場において野営訓練が行われるのでそのための士気昂揚にも備えて同池を川と仮定しこれを渡つて同池南側にある小公園に位置する敵を攻撃するとの想定のもとに同池の西寄りを北岸より南岸までを泳ぎ渡る訓練を実施しようと決意した。ところでかかる訓練は前記のとおり教授計画にないもので、上司の許可なく独断専行することは区隊長としての権限を逸脱したものであるのみならず、当時右生徒らは作業衣、弾帯(弾なし)、半長靴を着装し、口径三〇M1型ライフル銃を背負つたいわゆる乙武装であり同池の最深部は約四・三メートル、生徒達を渡らせようとした区域はその水深が中央部が約四メートル、西岸ぞいの部分でも約二・五メートルあり、北岸より南岸までの距離は最長約三四メートルであつて右のように乙武装のまま(全重量九・九六キログラム)同池に入るときは、その重量により生徒達の水中の動作が困難となることは勿論、当日雨天のため生徒達の衣服は濡れていた上、武装のまま遊泳する特殊訓練を受けたことがないので溺れる危険が極めて高いものであるから、かような訓練は絶対に避けるべきであり、万一同池を渡らせるとしても少なくとも銃及び半長靴の着装を解き、あらかじめ同池の水深、形状、生徒らの体調、遊泳能力などを十二分に調査し、且つ池を渡るにあたつての進路、保つべき間隔等につき十分生徒に指示を与えると共に救助要員を適切に配置するは勿論、救命具も十分に用意する等、安全管理の万全を期し、もつて溺死事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず僅かに補助教官高林二尉に命じ、直径約一・二センチメートル位のマニラ麻製のロープ一本を助教に指示して同池西岸から約一三メートルの地点で同岸とほゞ平行に北岸から南岸まで約三四メートルに亘り張り渡らせ、自動車のチユーブの浮輪一本、竹四、五本を取寄せさせる等の準備をしたのみで雑然と同池北側に集合した生徒達に対し同日午後二時二五分ころ「今から向うの小公園に敵の陣地があるからこの池を河と見たてて渡河する。区隊長が一番に渡る。夜間であるから隠密にこれを渡つて攻撃する」等と号令した上、「泳ぎに自信のある者はロープ附近、自信のない者は岸の方向」と指示したのみで、池に入ることを命じ危険防止のため必要適切な指示を何ら為さないまま池を渡らせようとした過失により右命令に従つて被告人に続いて前記武装のままぞくぞくと同池に入り南岸に向け遊泳していつた生徒のうち別紙一覧表(略)記載の萩野敏(当一七才)外一二名の生徒をそのころ同所において前記の如き重武装による遊泳困難と且つ水深等のため溺死させたものである。

(証拠)(略)

(法令の適用)

法律に照らすと被告人の判示行為は、いずれも刑法第二一一条前段に各該当するところ、右は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから同法第五四条第一項前段、第一〇条により、これを一罪として犯情の最も重い出村正夫に対する業務上過失致死罪の刑で処断することとするが、所定刑中禁錮刑を選択した刑期範囲内で後記の理由により被告人を禁錮一年六月に処することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用してこれを全部被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

個人の生命は何にもまして最上の尊重を受けるべきものであることは云うまでもないところ、本件は瞬時にして一三名の若き前途ある生命を過失により断ち切り、遺族、国家から掛替えのない働き手を奪い去つたものであつて、本件量刑に関しては、被告人がかかる訓練を為すに至つた動機、その過失の態様、結果の重大性、少年工科学校ひいては自衛隊そのものにおける訓練の在り方等に関して慎重に考慮されなければならないところである。

これを認定した事実及び前掲証拠により検討する。

被告人の本件訓練を行つた動機は前述したが、なお次のことが認められる。被告人は少年工科学校の教育目標は将来陸上自衛隊の高度の技術を要する部門の中堅要員となるべき陸曹候補を養成することにあるから、そのためには最も訓練が重要であり、訓育の中心となるのは区隊長の教育方法如何にあると平素から考えていた。そしていわゆる戦闘訓練においても、その狙いは技術知識の向上よりも訓育を狙いとすべきであつて、それには深く印象に残る訓練を実施して生徒に実感を与え、その機会に重要な事項を教えかつ考えさせるのが最も効果的であると考えたのである。そこで被告人は第一〇期生と同様第一二期生にも本件訓練により深い印象を与えて訓育の目的を達成しようとの考えで本件訓練にのぞみ、区隊長の行動は直ちに生徒に感化力を与えるものであるから区隊長は行動をもつて指導すべきであるとして、被告人自身先頭に立つて池に入りこれを泳ぎ渡つたのであつて、この被告人の本件訓練に対する構想は全く区隊長としての教育に対する熱意の発露に他ならなかつた。

しかしながら過失についてはなお次の点をつけ加えることができる。被告人は第一〇期生の訓練のときにも装備の重さと足が引きつる等のために危く溺れかかつた生徒があつたのであるから当然これについて留意し、再び同様の訓練を行うについては万全の準備をすべきであつたのに全くこれを怠り、また第一〇期生は今回の如く一せいに池に入らず徐々に入つたので今回も徐々に入るであろうとの安易な予想を抱き、池に入る問題についての指示なども与えなかつたもので、このような被告人の処置は全く軽卒、無計画であつて許しがたいものである。その結果、本件訓練は池に対する事前の調査も行われず、安全管理も甚だ不備であつたのみならず、一般部隊でさえ採用していない執銃、着装泳を事前の訓練もせずに行うという無謀極りないものとなつたのである。

これに加うるに少年工科学校における訓練指導の在り方についてみるのに、訓練において精神力の昂揚が強調さるべきことはさることながら、若しこれに対して準備態勢が伴わないときは身体生命の危険という結果発生が当然予想されるので、準備態勢については万全の注意を尽し基本的人権の尊重に対して遺憾なきを期すべきであるところ、被告人はすでに第一〇期生に対して無謀な訓練を実施しているのであつて、被告人がこれを報告しなかつたとしても学校当局としては訓練実施の結果は調査すべきであつたのに、これを全く看過し、結局被告人の軽卒さにも気付かず、従つて被告人の教官としての欠点を放置したため、被告人をして再び今回の独断専行による無謀な訓練を繰返すに至らせたもので、学校当局としても被告人の血気にはやる人命軽視の無謀な計画について無関心であつたこととなる。かかる学校当局の訓練における準備態勢に対する配慮の欠如、教官に対する指導監督の不十分、ひいては精神力強調についての行き過ぎの看過は訓練の在り方において一大反省の要あるところであつて、本件事故はこれらにその因を発したものとも云える。

以上のとおり被告人は少年自衛官の指導の任に当る者としては余りにも軽卒かつ無計画に本件訓練を行つたもので、仮令その動機が教育に対する熱意の余りとは云え、また学校当局の監督不十分がその一因をなしていたとしても、本件訓練の結果は有為の人材一三名の生命を奪い去つたのであつて、如何なる方法をもつてしても回復不可能の国家的損失を生ぜしめたものに他ならないのである。被告人は、本件犯行後、事実を卒直に認め当公判廷においても自己の刑責におののき、被害者の供養を懸命に勤めておる様がうかがわれ、自衛隊当局も被害者遺族に対し賠償その他誠実な措置をとつており多数の減刑嘆願書に見られる如くその被害感情もかなり薄らぎつつある様を見てとれるにしても、尚且つ、本件発生の具体的責任者としての被告人の刑責はその過失の内容とその結果に照らし、余りにも重大であり、自衛隊当局並びに同学校当局も本件を平和憲法下における自衛隊の戦闘訓練の在り方についての頂門の一針となし、二度とかような悲惨な事故を惹起させることのないことを切に希求しつつ主文のとおり判決する。

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